感想 ミスト

ミスト』(字幕版、Amazon Prime Video見放題)

 

 

ミストを観て最悪な気分になりました!でじちゃんです。

 

■あらすじ

 父親である主人公は、幼い息子と一緒にスーパーマーケットを訪れる。すると店が濃霧に包まれた。霧の中には化物がいるらしい。一緒に残された客と籠城するも、思想の違う客同士で大小のいざこざが起こる。そのうち化物に襲われて死ぬ人、店を離れて消息不明になる人が出てくる。いつしか、狂信者の立ち回りをしていた女性が急速に支持を集め始めた。主人公達は、その場で成立したカルト宗教に巻き込まれるのを嫌い、ついに車で脱出する。しかし結末は……。

 

■何が最悪?

 主人公の選択が全て裏目に出る。一見、主人公の選択は他の客と比べて比較的冷静で良心的に見える。しかしそんな行動も結果的には全て裏目に出る。限られた情報の中で賢明な判断を下しているように見えるが、主人公とて偏見や焦りから抜け出せてはおらず、後から考えてみれば浮き足立った行動が多いのだ。そもそも、落ち着いて観てみれば、必ずしも主人公の行動が全て理性的とも思えない。主人公はタフで熱意に溢れており、信頼があり、息子を守るという使命に燃えているものの、その反面で意地っ張りで、短気で、落ち着きがないとも言える。判断力はあるほうだが、迅速と言えるほどではない。そして極限状態において、誰もが自分の選択に酔っている。

 物語の結果論で言えば、肯定された選択肢は「即座にスーパーマーケットを去る」であった。この選択肢を取れたのは、子供を思うあまり悪態をつきながら店を去った女性のみだが、この女性の冷静さを欠いた態度や悪態により、客の中には(そして視聴者にも)「店の外に出るのは理性的な選択肢ではない」という偏見が生まれる。この女性が生き延びた理由は定かではないが、たまたま店を出たタイミングに化物がおらず、自らの車に辿り着けた、あるいは何者か(理想的には軍)の車両に同乗する機会を得たのであろう。

 スーパーマーケット内の客、そして私たち視聴者に最後まで伏せられていた解答は、「霧とその化物は無尽蔵ではなく、人間の軍隊の力で除去可能なものである」ということ。この事実がひたすら巧みに隠され、人々は焦燥する。そのことによって、作中でも一度は提示された「食料の多い店内で助けを待つ」という選択肢を、非現実的な案として却下してしまうことになる。とはいえ、店に残った客が生き延びたかどうかは定かではないが……(映画の最後に映る、軍に救助されたと思しき人々の中に、スーパーマーケットの客がいたかどうかは確認できていません)。いずれにせよ「待てば助かる」という思考は完全に主人公と視聴者から失われ、誇りある自殺こそが最適解であると最終的には信じ込まされる。そうして主人公は最愛の人々を自らの手で銃殺し、その直後、霧に対抗できる軍隊の行進と遭遇し、生き延びてしまうわけである。

 良心と決意で行動している主人公の努力をあざ笑うように、奪われていく優しい人々の命。数々の「最悪」をくぐり抜け、店外への脱出に成功した時の安堵感。それでも霧を抜けられなかったのを見届け、自殺は当然の選択と誰もが信じ、主人公にも名誉ある死が与えられてしかるべきと思い込む。しかしこの映画は最後まで執念深く、容赦ない。死ぬ機会をも奪われ、主人公は「自分一人生き残るために、全てを犠牲にした」という罪を負わされる。全て善意だったのに。最愛の息子すらその手にかけたのに。そうして視聴者は、最後の最後にこの真の「最悪」を浴びせられ、最悪な気分で映画館を去るのだ(私は配信サイトで観たに過ぎないのだが)。

 

■本当に最悪なのは?

 上のはちょっと筆が乗ってしまって書いたんですが、「主人公の必死の選択が裏目に出る、それを延々と続ける」というプロット自体は実はさして最悪でもない気がします。悲壮感があるし、ヒロイックだし。問題は2時間を超える映像の中で延々と繰り返される人間と人間の不和。ギスギス。私はコレを見るのが大嫌い!楽しくない!なので単純に映画体験として最悪の部類ですね。

 ホラーなのに結局「本当に怖いのは人間の本性」みたいなテーマ性、個人的にはつまらないです。そういうのは映画の外で間に合ってるので……。

 

■映画の品質は高い

 ホラー映画ですから、視聴者の気分を悪くするのが目的のようなもの。その意味で間違いなく高品質のホラー映画です。たぶん『ミッドサマー』の感想(弊ブログ記事)でも同じようなことを書いた気がする。それに、登場人物の行動理念に不自然さは少ない。この極限状態に陥ったら、各々がこのように行動するであろうということに違和感はありません。ギスギスもするでしょう。情報が無ければ選択を誤ることも多発して当然です。そのことに説得力を持たせるための努力は惜しんでいないと感じます。

 そして興行的な意味でもきっと素晴らしい映画なんだろうと思います。ホラー映画とは得てして低予算なものらしいのですが、この映画はこれだけ壮大な物語を見せておきながら、場面といえばほとんどスーパーマーケットの店内のみです。私は映画の撮影にはまるで疎いのではありますが、使う場所が少なければ安くあがるであろうことはうっすら分かります。おそらくすさまじい手腕で撮影された映画なのであろうと感じます。

 

■気になったところ

 登場人物の行動に不自然さは少ないと書きましたが、裏を返せば、個人的には不自然に感じる部分が少しあったという意味でもあります。まず一つは薬局での戦闘シーン。化物がいることを分かってから、わざわざ全員でそこに集まり、誰も逃げず、長々とその場に居座り、誰かが犠牲になってからようやく逃走に切り替えます。それもおそらく、戦利品は全て置き去って?さすがに異常なシーンだと思いました。薬をある程度回収したら全員ですぐ撤退する判断くらいは、当然にできた流れだったと思います。

 それと、話を作るために盛りすぎたのでは?と感じたのは、息子が主人公に向かって「怪物に僕を殺させないでね」と約束させたシーン。字幕だったので、英語音声ともしかすると意味が乖離していたかもしれませんが……。これまでの息子の態度を考えると、あまり言いそうにないセリフだと思いました。想像ですが、このセリフは「もしかすると息子を化物に殺させてしまうのかも」「あるいは化物よりおぞましい死なせ方をするのかも」と、視聴者を不安がらせる意図のものだと思います。その効果を狙いすぎて、不自然なものを残してしまったんじゃないかなあと私は感じました。

 作中にオリーという醜い男性が登場します。醜いのですが、何かと失態の多い他のキャラと比べると、全体的に能力が高く活躍が多いキャラクターになっています。私も途中から「オリーはどうやら期待できるキャラクターだ」と見込んで、オリーの登場シーンを楽しんでいました。が、こうも意図的に活躍が偏ると、なんだか不自然なような気もしましたね。あと不自然に活躍したキャラクターでは、最後まで生き残った老婆がいます。これもクールなババアという感じで見ている分には楽しかったですが、最悪なキャラクターが多すぎる中では、浮いていた印象もありますね。

 最後に、既婚者男性が妻を失って他の女性といい関係になる演出って、洋画で妙に多くないですか?ちょっと多すぎて興醒めな感じがしますね……。例のごとく若い男女のちょっとしたラブロマンスシーンも申し訳程度に挿入されており、こういう「なんとなくノルマを達成するために入れたシーン」みたいなのは不完全さを感じます。個人的に2時間の映画は長いので、このへんカットして90分にして欲しかったですね。

 

■ホラーの設定について

 異次元世界を研究していた軍が、意図せず扉を開いてしまい、化物と霧がこの世界に溢れてしまったという設定のようです。唐突にトンデモSFですが、それ自体は悪くありませんね。狂信者女性が聖書に当てはめて更に狂っていく展開とも親和性があります。最近遊んだ『DOOM Eternal』もちょっと世界観が似てるかな……。

 クリーチャーの造形ですが、最初に現れる触手くんがちょっとショボいですね。異質すぎて他の化物と馴染んでいない印象です。その後に出てくる化物はだいたい、普通の生物を巨大化したようなデザインですからね。触手って何?力が強い割にシャッターも破れない、こじ開けられないのは不自然な気がしますね。

 最後に出てくる、霧の中で全容すら掴めない超巨大生物は良かったですね。「もう生き残ることはできない」という絶望感を巧みに描写していると思います。漫画『メイドインアビス』の深層にもあんなのいましたね。

 あんなに巨大で太刀打ちできなそうな化物がいるにも関わらず、軍隊は霧の制圧に成功しています。おそらく、統率の取れない素人ばかり、ロクな武器がない状態で交戦したから非常に苦労したのでしょう。後から考えてみれば、過剰に恐怖していたフシもあるかもしれません。毒虫と飛行生物が店内に侵入した割には、思ったほどの死者は出ていなかった気もします(視聴者に見える範囲では)。軍隊の武器と防具があって、統率された人数がいれば制圧は不可能ではない敵であるということ。恐慌状態では誰もそれを見抜けなかった、という演出は巧みですね。

 

■印象的な最悪シーン

 まず狂信者女性は全て最悪なんですが、その中であえて一つ挙げると、毒虫に襲われそうになるも生き残るシーン。あれで自分が「選ばれた何者か」であることを確信したのであろう演出、最悪ですね~!

 あとは初期から登場する隣人男性も最悪でしたね。純粋に性格が悪い。あんなに気分の悪い黒人配役をするのはかえって珍しい気すらしますね……。とはいえ作中の登場人物ではおそらく抜きん出たインテリという設定です。

 大やけどの男性を勇気付けて、薬まで入手しに行っておきながら、結局死なせてしまうシーン。薬を入手しようとしたせいで、その男性の弟まで死なせてしまっています。ここでの正解は「死なせてくれ」って言っていた時に苦しませずに死なせてやることだったわけです。最悪な解釈を重ねれば、主人公達は、自分達が何か行動を起こしたい、一度店の外に出て活動範囲を広げたいという動機を強化するために、彼の病状を利用しました。そして何も得られず、疲労から気絶している間に彼は死にます。最悪ですね。

 やはり最後の銃殺シーン。同乗者すべて暗黙のもと、自分の息子すら、4発の残った銃弾で殺害します。この時、車の中では銃弾こそが最後の救いであるという同意が形成されています。恐らくは視聴者もそれに同意しているはずです(私はそうでした)。そういう小規模なコミュニティの中で狂気に陥ってしまう演出、言ってしまえば主人公の周辺もまた一つのカルトになっていたような状態です。その演出がやたらにうまいですよね。私もここでは、店を脱出したのだからもう気持ちよく終われるだろう、死亡エンドにしても誇りのある自殺で結構結構、くらいの気持ちでいました。ですがこの映画は最後の最後まで気分が良くなることを許してくれませんね。その点では『ヘレディタリー』や『ミッドサマー』よりも質が悪いと言える気がします(あれらは最後は何だか気分がいいので……)。

 車のガソリンが切れたと言っても、周りにはまだ化物がいないわけですから、何も自殺するのに焦ることはないわけです。全員でいくらか歩いてみたっていいはず。少しもそうは考え至らず、全員同意で拳銃自殺を選んでしまう。その結果、間もなくして人類軍と合流する。最悪極まるのは、これはちょっと宗教的な考えですが、主人公が殺した4人は「この世に救いは無くなった」と思ったまま死んでいることです。言い方を極端にすれば、彼らは地獄に囚われてしまいました。少し長く生きていれば、少なくとも世界にまだ救いが残っていることを知ったはずです。完全な絶望の中で死ぬことと、希望を持って死ぬことの差を意識させられて、これまた最悪だなあと思いました。

 そして軍隊の行軍に合流し、その中に、店を最初に抜け出した女性を見つける。しかも二人の子供と一緒に。「子供がいるから店を出たい、誰か助けて」と言った彼女の要請に応じていれば、あるいは家族全員生き延びられたのかもしれない。そう主人公は思ったであろうと、視聴者に思わせる演出ですよね。最後の最後まで最悪です!

 

■奇妙な繋がりと、締め

 私はこの映画を観るのは初めてのつもりだったのですが、実は部分的に観たことがあったということが途中で判明しました。あるとき、この映画を再生しているディスプレイをしばらく眺めている機会があったのです。その時は「気味が悪い映画を観てるなぁ」くらいの気持ちでした。よりによって兵隊くんがリンチにあって殺害されるシーンだったと記憶しています。その映画がこの名高い『ミスト』だったと知り、それを修了できる機会が得られたのは、なんとなくスッキリして良かった点だと思いますね。あの兵隊くん、3回?もお腹を包丁で刺された割には、店の外で元気に動いてましたね。

 そんなわけで記憶の中のわだかまりが一つ解消されたという点でのみスッキリが発生した映画『ミスト』、私は絶対他人に勧めない映画として記憶に残りました!どうも私にはホラー映画を楽しむ教養が無いようです。言ってみれば大人になるまでコーヒーは苦くておいしく感じられないというような感じ。私は未だにコーヒーのことを苦いだけの泥水だと思っています。ジュース最高!

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